米津玄師「カナリヤ」歌詞の意味を考察!!変化を肯定していくという米津玄師らしい考え方

米津玄師 カナリヤ 歌詞意味




若い世代を中心に絶大なる人気を誇るアーティスト米津玄師さん。

繊細な心模様の歌詞と多彩な楽曲でファンを楽しませてくれ、
ジャケットやMVでは自ら絵を描いたりとマルチな才能の持ち主です。

今回はそんな米津玄師さんの楽曲の中から「カナリヤ」の歌詞の意味を考察してみましたのでお伝えしていきたいと思います。

米津玄師「カナリヤ」ってどんな曲?

米津玄師さんの楽曲「カナリヤ」は2020年9月に発売された5枚目のアルバム「STRAY SHEEP」の15曲目に収録されています。

アルバム「STRAY SHEEP」のラストを飾る「カナリヤ」

カナリヤとは鳥の名前で知られていますが、春の季語でもあります。
また実験動物としても利用されていたことでひ弱で儚い印象もあります。

歌詞やインタビューを全体的に読んでみると、

  • 「無条件の愛」
  • 「弱くても生きていい」
  • 「ラブソング」
  • 「変わっていくことに対しての肯定」

このような印象を受けました。

「カナリヤ」に込めた米津玄師のメッセージ

米津玄師さんはたくさんのメディアに対し今回のアルバム『STRAY SHEEP』の各曲について語っています。

その中で「カナリヤ」については、

──この曲はおっしゃったように新型コロナウイルスで世の中ががらりと変わったことを踏まえて作られた曲だと思うんですが、それでありつつ、10年後や20年後に聴いても響くような普遍性を持った曲になっていると思います。そういうことは意識しましたか?

この曲については、変わっていくことを肯定したいという思いがすごく大きかったです。自分は音楽を作るにあたって、“変わっていかなければならない”ということを半ば強迫観念みたいに思っている節があるんですけど、それがやっぱり自分の本質的なところなんじゃないかなって。新型コロナウイルスによって以前とは大きく変わった日常が目の前に横たわっていて、最終的にはそれを肯定しなきゃいけない。7年も経てば人間の細胞が全部入れ替わって生物学的には別人になってしまうなんてことも俗に言われますけれど、そういう意味で人間もいついかなるときも同じであり続けることなんて不可能だと思っていて。だから例えば誰かを愛するときに、「あなたはこういう人間だから、私は一緒にいたい」だと、それはいっときの状態でしかないから、いつかは変わってしまう。そこに固執していると、その人をその枠の中に閉じ込めて、結局は健全な関係として続いていかない。だから少なくとも個人的には、変わっていくことを肯定したいと思ったんですよね。

──今おっしゃったようなことが「あなたも わたしも 変わってしまうでしょう 時には諍い 傷つけ合うでしょう 見失うそのたびに恋をして 確かめ合いたい」という歌詞に表れている。

そうですね。「私はあなたのことが好きだけれど、それは別にあなたじゃなくても構わない。けれど、だからこそ少なくとも今はあなたのことを愛していたい」、そんなふうに考えることができると思っていて。そういうことを絶えず問い続けたいんです。自分は今どこにいるのか、世の中はどう変わっていくのか、それを確認し合ってそこに意味を見出す……そうやって変化していくことの肯定を歌おうと思った。この曲のサビも最初は「あなただからいいよ」じゃなくて「あなたじゃなくてもいいよ」だったんです。それだとあまりに直接的すぎるし、表現として整合性をとるのがすごく難しいから「あなただからいいよ」になりました。でもそれは「(あなたじゃなくてもいいけれど)」という言葉が空白として残っている「あなただからいいよ」のつもりなんですよね。

引用:https://natalie.mu/music/pp/yonezukenshi16

ラジオなど他の媒体でもコメントを残していますが、
「あなたじゃなくてもいい」という言葉に衝撃を受けました。

否定的に捉えがちですがそれはとても勇気がいる決断だと思います。
とても深い考えが込められているんですね。

変化をすることに対しての否定ではなく肯定。
全てに対して肯定的である米津玄師三田から生まれた歌詞のようにも思います。

ここからは歌詞を見ながら具体的にどういう中身なのかを考えていきます。

米津玄師「カナリヤ」歌詞の意味を考察!!

それでは米津玄師さんの楽曲「カナリヤ」の歌詞の意味について考えてみたのでお伝えしていきたいと思います!!

ありふれた毎日が 懐かしくなるほど
くすぶり沈む夜に揺れる
花を見つめていた

人いきれの中を あなたと歩いたこと
振り向きざまに笑う顔を
何故か思い出した

コロナウイルスで全世界がこれまで通りにならなくなった。
逆にいうとこれまで当たり前だと思っていたものが一変してしまったことで、
当たり前だったことへの大切さを知るということにもなります。

人いきれとは人がたくさん集まって、体から発する熱や湿気が立ちこめることを意味します。
ソーシャルディスタンスや外出することに対し規制がかけられてしまったので現実世界でもこのような光景を見ることができなくなってしまった瞬間がありました。

大切な人と当たり前の日常を当たり前に過ごせなくなってしまった。
主人公は前の状況を懐かしく感じており、今の現状を不憫に思っているのでしょう。

カナリヤが鳴きだす四月の末の 誰もが忘れていく白いプロムナード
あなたの指先が震えていることを 覚えていたいと思う

1番Bメロ部分

なかなか解釈が難しい部分ですね。
言葉の説明からすると『プロムナード』という聴き慣れない言葉があります。
フランス語で『遊歩(場)。散歩』という意味あります。

4月という時期は全世界でコロナウイルスが蔓延してしまった時期とかぶります。
散歩することさえできなくなってしまった世の中に憂いを感じているででしょう。

続く『あなたの指先が震えていることを 覚えていたいと思う』という歌詞はどのような状況かはわかりませんが、自分にとって大事な人がいることが再び当たり前になるようにと噛み締めていこうというメッセージが込められているようにも感じます。

いいよ あなたとなら いいよ
二度とこの場所には帰れないとしても
あなたとなら いいよ
歩いていこう 最後まで

1番サビ部分

この後のサビでも何度も繰り返される『いいよ』というフレーズ。
コロナ以前の状況には少なからず戻ることはできないし、
過去のよかったと時にも戻ることができない。

「あなたとならいいよ」という歌詞には無償の愛の意味が込められているのではないでしょうか。ここで示すあなたとは恋人だけでなく家族、友達など自分にとって大切な人が当てはまるとも思います。

一度過ぎ去ってしまった時というのはどんなことがあっても戻ることはできない。
それでも自分にとって大切な人がいるからこそ、これから前を向いて歩いていこうという決意が表現されているのかもしれません。

転げ落ちて割れた グラスを拾うあなた
その瞳には涙が浮かぶ
何も言わないまま

2番Aメロ部分

何やら不穏な空気感が漂う歌詞です。
とてもポジティブな内容には思えません。
ネガティブな変化を表現している部分だと思います。

転げ落ちるとは人生の転落のこと、グラスが割れたら元に戻ることないという変化。
心が傷ついてしまっているが何も言わないことで気丈に振る舞おうとしているのかもしれませんね。

またその様子は過去のよかった思い出に縋り付いているような雰囲気も感じます。

カナリヤが消えていく五月の末の 木の葉が響き合う湖畔の隅っこ
あなたを何より支えていたいと 強く 強く 思う

1番のカナリヤは4月で鳴いていて2番では消えていくという対になっています。
カナリヤが弱さの象徴だとすると、不安が消えていくことを表現しているのかもしれません。

また1ヶ月の状況変化が起きていることもわかります。
何もかも前とは違う状況になってしまったけれども、
こんな状況から抜け出し2人の絆がより深まった状態のようにも思えます。

再生していこうという雰囲気もあったりと米津玄師さんの歌詞の思考の深さのそこをしれません。

いいよ あなただから いいよ
誰も二人のことを見つけないとしても
あなただから いいよ
はためく風の呼ぶ方へ

米津玄師さんのインタビューの中でもありましたが、
「あなただからいいよ」というのは「あなたじゃなくてもいいよ」という意味合いが含まれています。

2人が変化してしまってお互いに見つけられなかったとしてもいいじゃないか。
お互いに変わってしまったとしてもその変化を受け入れていこうという。

またあなただからこそ何が起きてもいいという絆の現れでもあります。
逆にいうとあなた以外には何もいらないという無償の愛という意味も含まれているのかもしれません。

全ては風の吹くままに、、、

あなたも わたしも 変わってしまうでしょう
時には諍い 傷つけ合うでしょう
見失うそのたびに恋をして
確かめ合いたい

先ほどのサビと意味が被ってしまいますが、
ずっと同じ人などこの世に存在しません。

自分が変わりたくないと思っていても体は成長していくし考え方だって子供の頃のままの気持ちでいる人もいません。大人になるにつれて何かを失っていってしまう。

しかしそれ以上に何かを見つけてくのが人という存在。
『あなただからいい』ではなく『あなたじゃなくてもいい』という2人の変化を受け入れて、
その度に恋をしてお互いにそれぞれが大切な存在だということを確かめ合いたいと願うのでしょう。

いいよ あなたとなら いいよ
もしも最後に何もなくても
いいよ

いいよ あなただから いいよ
誰も二人のことを見つけないとしても
あなただから いいよ
歩いていこう 最後まで

はためく風の呼ぶ方へ

ラストサビです。

変化のない当たり前と思っていた世界でもそれはいつしか自分の意思とは反して変化していってしまう。

相手の変化すらも受け入れる。
そんな無償の愛について歌った楽曲が『カナリヤ』なのかもしれませんね。

まとめ

いかがだったでしょうか。

米津玄師さんの楽曲「カナリヤ」の歌詞の意味について考えてみたのでお伝えしていきました。

お互いに変化していって前とは違うように感じていても一緒に進んでいこうと考える。
それでも違うと感じれば離れ離れになってしまうのは仕方のないこと。
ずるずると惰性で付き合ってしまう方が米津玄師さんにとって美しくない考えなのかもしれません。

以上がアルバム『STRAY SHEEP』のラストを飾るナンバー『カナリヤ』の歌詞の意味について考えてみたでした。



コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です