米津玄師『ひまわり』歌詞の意味がwowakaへの鎮魂歌??考察が泣けてくる

米津玄師wowakaひまわり


独特の世界観のある歌詞に共感を生んだり、
中毒性ある楽曲に若い世代を中心に大人気のアーティスト米津玄師さん。

今回は米津玄師さんの楽曲『ひまわり』についてお伝えしていきたいと思います!!

米津玄師『ひまわり』ってどんな曲??wowakaへ向けて歌った曲??

 

straysheep米津玄師

2020年8月5日に発売された米津玄師さんの5枚目のアルバム『STRAY SHEEP』に収録されている楽曲『ひまわり』

このアルバムの中で唯一と言っていいバンドテイストな楽曲です。
いろいろ調べてみましたがインタビューでもこの楽曲については語っていることはありませんでした。

タイトルになっている『ひまわり』は皆さんご存知の花の名前です。
夏の花の代名詞でもあり太陽に合わせて自ら動くことからこの名前が付けられたそうです。

ひまわりの花言葉は『憧れ』『あなただけを見つめる』という意味があります。
歌詞にもこの花言葉を印象付けるような内容が含まれています。

米津玄師さんは誰に対しての憧れを歌ったのでしょうか?

それはwowakaさんへ向けての追悼歌だと噂されています。
WOWAKAさんは初音ミクなどのボーカロイドで楽曲を制作しており2011年からはロックバンド・ヒトリエのギターボーカルとして活動していましたが、2019年に急性心不全でこの世を去りました。

これまでにボカロ曲『ローリンガール』『アンハッピーリフレイン』『ポラリス』『リトルクライベイビー』などの名曲を作曲しています。

これらの曲に関係している?かもしれない歌詞が隠されているらしいです。

  • 『ローリンガール』=転がる
  • 『アンハッピーリフレイン』=散弾銃
  • 『ポラリス』=北極星
  • 『リトルクライベイビー』=リトルクライベイビー

他にも多数の関連すると思われるワードが登場します。
もしかすると偶然かもしれませんが、、、

ギターにはLAMP IN TERRANの松本大さんが参加しており、米津玄師さんとWOWAKAさんの3人はよく飲みにいく仲で親交があったんだったそうです。

そう思うと泣けてきますよね。

米津玄師『ひまわり』歌詞の意味を考察

ひまわり

それでは米津玄師さんの『ひまわり』の歌詞の意味をWOWAKAさんの追悼歌と考えて考察していきたいと思います。

あくまで一解釈ではありますがwowakaさん視点での歌詞として考察してみました。

歌詞の引用はできないのでこちらのサイトからどうぞ。

→《米津玄師『カナリヤ』の歌詞》

ひまわり 1番AメロからBメロ

wowakaさんの生き様を描いたであろう1番Aメロ部分

米津玄師さんの考えとして「他人に自分のことをわかってもらいたいが全てをわかって欲しくはない」という気持ちのジレンマ的なものを持っているそうです。

米津さんと同じくボカロPとして世代を築いてきたwowakaさんにもおそらく同じような気持ちがあったのかもしれません。

光=メジャーで一般的に親しみやすい曲、または世間からの反応に満足しないということに対してのアンチテーゼを唱えてるであろうが為に中指を立てている反骨精神の生き様を表現。
“愛したくて噛み付いた喉笛深く”という歌詞
これは他者理解を言っているのかもしれません。
愛したいと思っているのに攻撃的になってしまう。
そんな葛藤が伝わります。
そんなwowakaさんの自分自身の音楽性を貫いていることに対し美しいと思っている米津玄師さん視点の考えなのかもしれません。
曠野という普通の“荒野”とは違う難しい漢字が使われています。
この文字が意味するのは“ひろびろとした野原、あれた野原”を意味するそうです。
また俳諧の撰集で、俳諧七部集の一つの名前でも使われています。
深くはわかりませんが文学作品に対する賛美の気持ちを表現したのかもしれませんね。
“夜もすがら”という歌詞から『イヴステッパー』
“産声”という歌詞から『リトルクライベイビー』というwowakaさんの楽曲を連想されます。
凍て星というのは後で出てきますが北極星をさし、それがwowakaさんの『ポラリス』を指すのではないか?

またこれまでメジャーに固執せずに自分の音楽性を貫いてきたwowakaさんの苦悩や葛藤ということが痣という表現で出ているのかも。

そしてその辛い経験があったからこそ人の心に寄り添えるような楽曲ができたのも事実。
もう亡くなってしまって新しい曲を作ることができないけれどもこれまでの作品がそういった苦しんでいる人に寄り添っているよという意味も込めて“輝かせて”という歌詞に出ているのだと思います。

『ひまわり』1番サビ

米津玄師さんがwowakaさんに対してのライバル心が“追いかけていた”という歌詞からモロに出ている1番サビ部分。

ボカロがまだ全盛期じゃない時にも関わらず己の中の芯がしっかりして最先端へのチャレンジを続けていた様子。また“転がる”という歌詞からwowakaさんの『ローリンガール』が連想されます。

日陰というのはそのボカロPがいたニコニコ動画などの場所。
そしてそこにいて燻っていた米津玄師さんたち才能の種の方をひまわり、
そんな中またwowakaさんのような才能を持つ人が現れることを願っているということを表現。

“人いきれ”とは“人がたくさん集まって、体から発する熱や湿気が立ちこめること”を意味します。

そんな大衆的にウケがいい音楽じゃなくてwowakaさんのような時代を切り裂くような音楽をまた鳴らして欲しいと米津玄師さんの願いが込められているのかもしれません。

“散弾銃”という歌詞からwowakaさんの『アンハッピーリフレイン』の“散弾銃とテレキャスター”という歌詞を引用しているのかも。

そしてBメロでも解説をしましたが“北極星”という歌詞が登場します。
これは何にも捉われずに自分自身の道をしっかりと築いていき頂上を目指していこうというメッセージをリスナーに伝えているものだと思われます。

2番AメロからBメロ

2番のAメロはwowakaさんの訃報を聞いた時の米津玄師さんに静脈に電流(エレキ)が流れたかの衝撃、とてつもない悲しみに襲われた時のことが歌詞として出ています。

体が拒否反応を起こして掻きむしるほどとても信じることができない。
1番の曠野と類似して”吹き荒び”という言葉が使われているのだと思います。
ただただ悲しみふける米津玄師さんの心情が読み取れます。

“あの時”というのは米津玄師さんが初めてwowakaさんの代表曲『ワールズエンドダンスホール』を聞いた時のことではないでしょうか。

この曲を聞いた時米津玄師さんはご飯を食べることもできないほどの衝撃を受けたと自身のブログにて公開されています。

その衝撃はたとえwowakaさんが亡くなったとしても今も消えないでいる。
そんなメッセージを思いを込めているのかもしれません。

2番サビ

2番サビはお互いにライバル視していたことが伺えます。
お互いに物凄いボカロPになっていたけれどもお互いにお互いを意識しあって鏡のような存在だったし、もし境遇が反対であったらwowakaさんのようになれたのかな?という憧れのような想いも伝わります。

日陰に咲いたひまわりというのは1番同様に米津玄師さん自身のこと。
浜辺にいる米津玄師さんの姿が思い浮かびます。

そして海に向かってあの世にいってしまったwowakaさんへ名前を呼んでくれと思っているのでしょう。

次に出てくる“鳴き声”は最後のアルバム『HOWLS』の日本語訳・遠吠えから。
そして“佗び戯れ”という言葉は「いなくて寂しい、戯れる・ふざける」という意味があり米津玄師さんとwowakaさんらが飲み交わしていた日々のことを思い出しているという情景に繋がるのだと思います。

“乱反射”は音がハウリングする=『HOWLS』に繋がるのかも?
それを“解き放て”ということはwowakaさんがこれまでに世の中に出してきた楽曲、信念、哲学、などいろいろなものを意味するのでは。

そしてラストサビ、米津玄師さんがwowakaさんへの想いを込めてより荒々しく歌い上げ幕を閉じます。

まとめ

いかがだったでしょうか。

米津玄師さんの楽曲『ひまわり』についてお伝えしていきました。

米津玄師さん本人がコメントを残しているわけではないのであくまで憶測の域を超えませんが、
こういった思いを込めて作った楽曲なのかもしれません。

同じ時期にボカロ界を盛り上げた盟友であるからこそ、このような解釈があってもいいと思います。

wowakaさんというとても素晴らしいアーティストがいなくなってしまったことはとても心が苦しくなってしまいました。

ですがwowakaさんがこれまでに作り上げてきたものは残っています。
wowakaさんのご冥福をお祈りします。


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