KingGnu『三文小説』歌詞の意味は?ドラマ『35歳の少女』主題歌!!

三文小説kinggnum歌詞


2019年でバズりまくった実力派4人組ロックバンドKingGnu
KingGnuのライブチケットが取れなさすぎて涙した人も多いのではないでしょうか。

2020年に入ってアルバム『CEREMONY』が発売された後は新曲の発表がされていなかった分かなり話題の新曲となっています。

今回はそんなKingGnuの『三文小説』の歌詞の意味などについて考えてみたのでお伝えしてい期待と思います!!

KingGnu『三文小説』ってどんな曲??

2020年10月30日に配信先行で発表された楽曲『三文小説』
後述しますがドラマ『35歳の少女』のために書き下ろされた楽曲です。

今までのKingGnuの楽曲の中でもボーカル&キーボードの井口理さんの一際高い高音が印象的な楽曲です。

楽曲発表前にKingGnuのリーダー常田大輝さんも「最初の高音もだけど後半の高音はもっと高くてごめんね」と謝るほどww

タイトルになっている三文とは値段がびた銭三枚ほどにしか当たらずきわめて安いこと、価値が低いことを意味しています。

なのでタイトルになっている『三文小説』とは世の中にとって価値のない売れない小説という意味になるのですが、これが歌詞とどう絡んでくるのかも楽しみですね。

ドラマ『35歳の少女』主題歌に起用!!どんなドラマ??

KingGnuの『三文小説』は柴咲コウさんが主演のドラマ『35歳の少女』の主題歌のために書き下ろした楽曲となっています。

ドラマのストーリーと重なるような歌詞となっており、年齢をとっていく内に湧き出てくる感情を表現したそうです。

10歳の時に不慮の事故にあってしまい25年間植物人間状態だった主人公が奇跡的に目を覚ます。しかし体は成長していたが心は10歳の時のままだった。

長い眠りの途中で家族はバラバラになってしまい、初恋の人も夢を諦め諦めてしまい自分を取り巻く環境は大きく変化してしまっていた。

そんな中主人公はどう生きていくのか?
という成長ヒューマンストーリードラマです。

ドラマ『35歳の少女』については「『35歳の少女』見逃しフル動画を無料で視聴する方法!!原作は韓国ドラマ??」を参考にしてください。

ドラマが公開された時に初めてKingGnuの『三文小説』も解禁されましたが、
あまりの高音に最初女性が歌っているのでは?と話題になったくらい激ムズ楽曲なんです。

KingGnu『三文小説』歌詞の意味を考えてみた!!

それではKingGnuの『三文小説』の歌詞の意味について考えてみたのでお伝えしていきます。

『三文小説』というタイトルはあまりいい意味で使われないのですが、脚本家の遊川和彦さん、プロデューサーの大平太さんと作曲作詞した常田大輝さんがディスカッションしてできただけあってかなり深い意味が込められてそうです。

この世界の誰もが
君を忘れ去っても
随分老けたねって
今日も隣で笑うから

怯えなくて良いんだよ
そのままの君で良いんだよ
増えた皺の数を隣で数えながら

冒頭部分

この部分はドラマ『35歳の少女』の世界観をしっかりと表現しているように思います。

柴咲コウさん演じる主人公は10歳の時に不慮の交通事故にあってしまい25年間眠り続けていました。主人公の周りはもうだめだと諦めていたが母親だけは主人公が目覚めることを信じていました。

そんな複雑な環境に置かれ眠り続けた少女がきっと目を覚ますということを信じてやまない母親目線の愛を感じ取れます。

目を覚ました主人公は体は成長していたが心は事故にあった時の10歳のまま。
何が起きたかわからない主人公に対し「怯えなくていいんだよそのままの君でいいんだよ」と優しく語りかけている情景が思い浮かびます。

またドラマを見ていない人でも共感できるような歌詞でもあります。

年齢を重ねる怖さという恐怖を感じた人もいるのではないでしょうか?
自分は何も変化していっていないのに周りの環境が変わってしまった、忙しい日常の中でいつの間にか自分だけが取り残されてしまったような感覚。

このように現実世界とも繋がる歌詞を初っ端から持ってくるセンスに脱帽です。

僕らの人生が
三文小説だとしても
投げ売る気は無いね
何度でも書き直すよ

誰もが愛任せ
いつまでも彷徨う定め
この小説(はなし)の果ての
その先を書き足すよ

ストリングスとピアノの旋律が美しくも壮大な世界観を持つ「三文小説」

自分の人生がどんなにしょうもない人生だったとしても投げ売る気はない。
それは逆に取れば人生は何度だってやり直しがきく。下を向いていないで前を向いて行こうという後押しのようなメッセージを感じます。

人は誰しもが愛のように自分が夢中になってしまったものに対し盲目になってしまいます。
そして本来の目的とは違った方向に進んでしまうこともあるでしょう。

しかしそれでもそれはそれで人生で自分が決めた結果そうなってしまったという事実を受け入れないといけない。そしてこれからくる未来もそれが続いていく。

KingGnuの歌詞には一貫して『現実は残酷だけれどもそれでも前を向いて生きよう』というメッセージがこの「三文小説」でもバッチリあります。

真実と向き合うためには
一人にならなきゃいけない時がある
過ちだと分かっていても尚
描き続けたい物語があるよ

「三文小説」に登場する人物は僕と君の二人です。
なので真実と向き合うために一人にならなきゃいけない時もあるというのは君と離れなければいけない時もあるということになるのではないでしょうか。

一人になることで気付けることがある。
それが間違ったことだとわかってしまっても、それ以上に君のことを大事に思っている。
そんな意味合いの歌詞だと思います。

何が間違いで何が正解かなんてない。
もし違う道を選んでいたらどんな未来が待っていたのか?
そんなたらればを考えてしまうような場面は生きていればたくさんでてきますよね。

あゝ
駄文ばかりの脚本と
三文芝居にいつ迄も
付き合っていたいのさ

あゝ
君の不器用な
表情や言葉一つで
救われる僕がいるから

1番のサビです。

昔の小説らしい「あゝ」という言葉が使われています。

三文芝居というのも三文小説と同じくお金にならない価値のない芝居のことです。
脚本もよくなければ芝居もだめ。それでも寄り添っていきたい。

ダメになることがわかっているというのについていくというのは、
盲目的になっているという風にも見えますが無償の愛のような感じにも捉えられます。

効率的に生きていくという考えよりも何気ない君の仕草で自分が救われるという心の支えになっているのではないでしょうか。

あの頃の輝きが
息を潜めたとしても
随分老けたねって
明日も隣で笑うから

悲しまないで良いんだよ
そのままの君が良いんだよ
過ぎゆく秒針を隣で数えながら

2番Aメロです。

1番の自己嫌悪に陥っている時とは少し雰囲気が違うように感じます。
違い自分が相手、つまり君を励ましている様子が伝わります

どんなに時間がかかっていてもいい、君は君のままでいいんだよ。
優しく諭すような言葉をかけています。

これもドラマ『35歳の少女』の内容と合致している部分ですね。

止めどなく流るる泪雨が
小説のように人生を何章にも
区切ってくれるから

愚かだと分かっていても尚
足掻き続けなきゃいけない物語があるよ

雨のように流れる涙。
辛い時に泣くこともあれば嬉しい時に泣くことだってある。
涙が自分の人生の区切りをつけてくれる。

そんなことを歌っている部分。

自分がやっていることがダメだとわかっていても、人生そんなに甘くないとわかっていたとしても、それでも足掻き新たな未来を描き続けるしかないのです。

KingGnuの楽曲を全て担当している常田大輝さん。
周りがなんと言おうと、厳しい言葉をかけられようと足掻いた先にしか自分の未来がない。

常田大輝さんの根幹が揺るぎないこともヒシヒシと伝わってきますね。

あゝ
立ち尽くした
あの日の頼りない背中を
今なら強く押して見せるから

あゝ
駄文ばかりの脚本と
三文芝居にいつ迄も
付き合っていたいのさ

2番サビです。

過去の自分は立ち尽くすことしかできなかった。
しかし今だったら後押しすることができると心境の変化が見られます。

これまでは君と一緒に前を向いて未来を歩いていくという決意が固まっていなかった弱気な部分が出ていたのが改善されていることがわかります。

人間の弱さを出しつつもそれを踏まえた人間にしかない強さも同時に表現していると思います。

自分にとって都合がいいことばかりじゃない。
時には挫折して悔しい思いをしたり悲しい思いもすることだってあるだろう。

それでも君を支えていくことを決意した希望のようなモノが主人公に生まれた時でもあります。

あゝ
君の不器用な
表情や言葉一つで
救われる僕がいるから

あゝ
立ち尽くした
あの日の頼りない背中を
今なら強く押して見せるから

あゝ
僕のくだらない
表情や言葉一つで
微笑んだ君がいるから

ラストサビです。

ボーカル&キーボードの井口理さんのハイトーンが冴え渡っていますね!!
カラオケで歌ったら死にそう、、、w

前半はこれまでのサビと同じですが、最後が変化しています。

君の何気ない仕草で救われる自分、
そして僕のくだらない言葉や表情に笑ってくれる君。

お互いの絆がバッチリと硬くなって切っても切れない存在になっています。

自分にとってかけがえのない存在がいるということはどれほど大事なことなのか痛感されますね。

この世界の誰もが
君を忘れ去っても
随分老けたねって
今日も隣で笑うから

怯えなくて良いんだよ
そのままの君で良いんだよ
増えた皺の数を隣で数えながら

人間は脆く不確かなものだからこそ美しくもあるのです。

壮大な世界観でありながらも人間の弱さや平凡なことを痛感させられる。
当たり前のことが当たり前ではないことの大事さを気づかされてくれるような歌詞だと思いました。

歌詞引用: https://www.lyrical-nonsense.com/lyrics/king-gnu/sanmon-shousetsu/

まとめ

いかがだったでしょうか?

KingGnu『三文小説』の歌詞の意味やドラマ『35歳の少女』などについてお伝えしていきました。

2020年はKingGnuは自分たちを見直すために昨年のような怒涛の展開にならないと思っていて新曲は出さないと思っていたので嬉しい誤算ですね!!

常田大輝さんのSNSでは地下に籠もっていた時間にできたヤバイ曲がまだまだたくさんあるらしいのでこれからの活動も目が離せません!!

 


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