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星野源「私」歌詞の意味を解釈!!PVがyoutubeにて公開!!グロテスクな世界観??

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歌手、俳優、文筆家というマルチな活動で活躍しているアーティストの星野源さん。

2020年にはドラマ「MIU404」に出演も決まりますます活躍すること間違いなしですね。

今回は星野源さんの「私」の歌詞の意味をインタビューを元に解説やPVについてお伝えしていきたいと思います。

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星野源「私」ってどんな曲??

「私」は2019年10月14日に配信リリースされた「Same Thing」の4曲目に収録されている楽曲です。

星野源samething

「SameThing」に収録されている楽曲星野源さんの新たな境地として、
Superorganism、PUNPEE、Tom Mischらとコラボした楽曲が収録されていますが、
「私」はその中で唯一コラボしていない楽曲でもあります。

ビルボードジャパンのランキングでは1位も獲得しています。

タイトルになっている「私」とは一人称で自分のことをさす単語ですが、
すごく抽象的なタイトルにもなっています。

星野源さんんは「私」についてインタビューにて、

「受け取り方はいろいろあると思うんですけど。”私”っていうタイトルにしたのも、今まで自分の歌をなるべく歌わないようにしてきた時期があって。でも、『POP VIRUS』という作品の中では、自分の思いをまたちょっと変換して出すような方向になっていって。で、そもそも自分の歌を歌うというのは『ばかのうた』の時点でもうやってないというか。全部物語にしたりとか。でもここで、ほんとにもう、内臓をそのまま出すみたいな(笑)、わりとグロテスクな歌っていうのをやってみたいなあっていう感じですかね。」

引用:雑誌MUSICA 2019年12月号』

とコメントを残しています。

「クソみたいな世の中を愛する」と自分の中の隠と陽があらわされたアルバム「Same Thing」に含まれた楽曲「私」の歌詞にはどのような意味が込められているのでしょうか。

星野源「私」のMVを公開!!ストレートな世界観

2020年2月に「Same Thing」の中の楽曲「私」のMVが公開されました。

星野源さんが歌うシーンを中心に撮影されたMVの監督はPennackyが担当しています。
歌詞がストレートに伝わるようなシンプルに構成されていますね。

水面や団地の描写がなんともいえない綺麗さを醸し出しています。

星野源「私」の歌詞の意味は??グロテスクな内容??

それでは星野源さんの「私」の歌詞の意味について解説していきたいと思います。

あの人を殺すより
面白いことをしよう
悲しみと棒アイスを食う

あの人を殴るより
イチャついて側にいよう
唇が離れぬように抱く

引用:「私」 作詞作曲:星野源

1番Aメロ部分です。

「私」というタイトルでありながら自分を客観視しているように感じる歌詞です。
普遍的なことをいうことで感覚的に星野源さんの感覚を表現しようとしているのかもしれません。

「殺す」や「殴る」という物騒な言葉はネガティブな印象を与えますが、
その後には「面白いことをしよう」や「いちゃついて側にいよう」という歌詞が綴られています。

アルバム「Same Thing」のテーマである「クソみたいな世の中を愛する」ということを伝えたいのではないでしょうか。

ラジオにて「悲しみと棒アイスを食う」という歌詞について星野源さんは「わからない」とコメントをしています。

星野源さんの中にある潜在的な言葉が生み出した歌詞なのです。

棒アイスというとなぜか懐かしい印象を受けます。
子供の頃によく食べていた棒アイス。

冷たくも甘い棒アイスが溶けるように、
心のシコリを溶かしていってくれる様が思い浮かびました。

彼の町見や 美し火や
下等どもが涙の川
この鼓動は何のためか
虫は消えた

引用:「私」 作詞作曲:星野源

少し古い言葉を使われている1番サビ部分です。

これも星野源さんの感覚的な部分がでた歌詞なのでしょう。
なんとなく情景が思い浮かびますが、はっきりとしたことはわかりません。

町が燃え盛る様子、または焚き火をしていたりで見た火が綺麗だったのか。
どこか自分よりも下に見ている人たちが泣いています。

それは町が燃えてしまったことによるものなのか、
火の幻想的な雰囲気に感動して涙がこぼれてしまったのか。

虫が消えたのは、町が燃えてしまって虫も一緒にいなくなってしまったからなのか、
腹の虫が治らないという「腹立たしくて我慢できない」言葉がありそれが落ち着いたということなのか。

うちに秘める善悪どちらとも取れる感情を一つの歌詞で表しているのかもしれません。

私を見や ここに居ては
希望どもが飽きれたまま
死ぬのだけじゃ あんまりじゃないか
喉は枯れた

引用:「私」 作詞作曲:星野源

タイトルにもなっている「私」という歌詞が登場します。
この部分も古文のような言葉が出てきますね。

私というのは人物では無く、
ここというのは主人公の心の奥底に秘める感情がある場所のような印象を受けます。

心の中にある希望が何も行動しない主人公に対しうんざりしてしまって、
そのままいなくなってしまうことに同情している様子が伺い取れます。

心の中からどんなに叫んだとしてもその声が本人のやる気に火をつけないことには、
燻り続けてしまいそのまま希望と共に死んでしまうのはあんまりじゃないか。

そんな魂の叫びを感じる部分です。

この人を抱き寄せて
面白いことをしよう
手のひらが剥がれぬように振る

引用:「私」 作詞作曲:星野源

ラスト部分です。

「手のひらが剥がれぬように振る」という歌詞から別れを惜しむ様子が思い浮かびます。

自分自身の中にある葛藤と折り合いをつけてこれからの道へ進むために、
惜別の情を述べている部分ではないかと思いました。

しかし星野源さんは2人で手を繋ぎながらブンブン振っている仲良く歩いている情景を思い浮かべて書いたということをラジオでコメントしています。

「私」は抽象的であるが故にいろんな解釈ができる歌詞だと思いました。

星野源「私」歌詞の意味を解釈!!PVがyoutubeにて公開!!グロテスクな世界観??まとめ

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いかがだったでしょうか。

星野源さんの「私」の歌詞の意味についての解説とPVについてをお伝えしていきました。
人間の本来持つドロドロとした内面と向かい合う様が描かれた世界観でしたね。

「Same Thing」は新たな境地を感じさせるものでしたが、
感覚的にこういう曲を作る星野源さんはさらにステップアップしたのではないかと思わせます。

これからの星野源さんのさらなる活躍が楽しみですね♪

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