米津玄師「アンビリーバーズ」歌詞の意味を考察!MVのオオカミの正体は??




米津玄師さんといえば有名なのが「Lemon」ですが、他にも数々の名曲があります。
個人的には米津玄師さんが作曲する曲はどれも一つ一つに思いが込められており、どれもおすすめできるような曲だと思っています。

今回は米津玄師さんの楽曲「アンビリーバーズ」の歌詞の意味やMVに登場するオオカミの正体など楽曲についてお伝えしていきたいと思います。

米津玄師「アンビリーバーズ」ってどんな曲??

米津玄師さんのメジャー4枚目のシングルとして、2015年9月2日に発売されたのが「アンビリーバーズ」です。

2015年10月7日にリリースされた第3作目のアルバム「Bremen(ブレーメン)」の1曲目にも収録されているリード曲となっています。

  • 通常盤
  • スペシャルパッケージ盤
  • ライブフォト盤

CDは3形態で発売されています。

ピクチャーレーベル(片面に写真が印刷してある)CDと14種類のオリジナルステッカーをビニールケースに封入した「スペシャルパッケージ盤」、ライブ写真を収めた写真集が付いてくる「ライブフォトブック盤」です。

「アンビリーバーズ」は、2015年10月1日から公開されたミズノのCM「WAVE ENIGMA(ウェーブエニグマ) 5」のCMソングにタイアップされました。

タイトルの「アンビリーバーズ」の意味は『不信心者(信仰の無い者)』『無神論者』という意味があります。

否定による肯定、何かを信じないことによって反対側にあるものを圧倒的に信じる。というのがタイトルの「アンビリーバーズ」のタイトルに込められた意味だそうです。

米津玄師「アンビリーバーズ」のMVのオオカミの正体は?

米津玄師さんが描いたイラストが実写化して登場するオオカミ。

道路の上でもがき苦しむ狼の姿を自分に投影しているのでしょう。
その狼が爪から光を出しているのが印象的です。

最後にオオカミは朝日とともに消えて無くなりますが、
このオオカミが表していたのはなんだったのでしょうか?

またこのオオカミの中に入っているのは誰なのか気にならなかったですか?
それは『川合ロン』という人物でした。

米津玄師さんがオオカミの中に入っているのではないか?
という噂もありましたが違いましたね。

それでは歌詞の意味について考察していきます。

米津玄師「アンビリーバーズ」歌詞の意味は??

ヘッドライトに押し出されて
僕らは歩いたハイウェイの上を
この道の先を祈っていた
シャングリラを夢見ていた

MVの冒頭にも登場する車。
ヘッドライトとは後ろからくる車のライトを表しており、後ろから押し寄せてくる焦りなどを表す心情のように感じます。

世間の一般常識から外れてしまった主人公。

ハイウェイは日本では高速道路の意味がありますが、これは人生を表現しているのだと感じました。

このことから人生のレールから外れてしまった主人公という意味があるのがわかります。

シャングリラとは理想郷・極楽という意味があり、
自分が理想とする道を進むためには普通の道では叶わないという意味合いがあるのではないでしょうか?

誰がどんなに疑おうと
僕は愛してるよ 君の全てを
もしも神様がいたのならば
僕と同じ事を 言うだろう

君に対して周りなど関係なく全てを信じているような主人公の心情がわかります。
これは信仰にも似ているような感じがしますね。

インタビューにもあった『否定による肯定』がこの部分に含まれているようです。

「もしも神様がいたのならば 僕と同じ事を 言うだろう」の「同じこと」というのは、
「信じることの大切さ」という意味なのかもしれません。

何されたって 言われたっていい
傷ついても平気でいられるんだ
だから手を取って
僕らと行こうぜ
ここではない
遠くの方へ

ここの歌詞からは明らかに周囲から受け入れられていない状況です。
『僕ら』というのは同じ信仰している信者のようにも感じますね。

傷つくというのは外的な傷ではなく、内面的な『心』の傷のことだと思います。

MVに登場するのはオオカミですが、一匹オオカミという言葉がある通り、周りから蔑まれもがき苦しんで傷ついてもここにはない理想郷へ向かうという強い意思が伝わります。

今は信じない
果てのない悲しみを
太陽を見ていた
地面に立ち竦んだまま
それでも僕ら 空を飛ぼうと
夢を見て 朝を繋いでいく
全て受け止めて
一緒に笑おうか

1番のサビです。

『今は信じない』という否定から入ります。
信じないのは『果てのない悲しみ』のこと。

太陽というのは自分が信じているもののことでしょう。

今はもがき苦しみの中にいる自分だけれども、
この悲しみはきっと終わりがくると信じているのだと思います。

「人生の辛い出来事も自分が信じるものを貫いて生きることで、笑って生きていける」という意味ではないでしょうか?

テールライトに導かれて
僕らは歩いた ハイウェイの上を
気がつけば 背負わされていた
重たい荷物を捨てられずに

テールライトは1番のAメロと反対に希望のようなものなのでしょう。

一度外れてしまった道でしたが、再び同じレールの上を歩いて行く主人公。

生きていれば苦しいことも悩むこともたくさんあります。
そんな人生の様々な困難を忘れることなく主人公は歩み続けます。

誰のせいにもできないんだ
終わりにしようよ 後悔の歌は
遠くで光る街明かりに
さよならをして 前を向こう

全ては自分の行動から起きてしまったこと。
誰のせいでもありません。

それでも起きてしまったことを後悔してばかりでは前に進むことができません。

「遠くで光る街明かり」も「テールライト」同様に希望のようなものだと思います。

後悔することをやめ、その希望を糧に主人公が前向きなっていく決意を感じます。

貶されようと 馬鹿にされようと
君が僕を見つめてくれるなら
キラキラ光った パチパチ弾いた
魔法だって使えるような

「キラキラ光った パチパチ弾いた 魔法だって使えるような」という非現実的な言葉が出てきます。

これはもちろんそんなことを信じているわけではありません。
それでも主人公が信仰している『君』がそばにいてくれるならどんな困難も乗り越えられる。

そんな希望が決意に変わった経緯がこの部分の歌詞から感じ取れます。

今は信じない 残酷な結末なんて
僕らアンビリーバーズ
何度でも這い上がっていく
風が吹くんだ どこへ行こうと
繋いだ足跡の向こうへと
まだ終わらない旅が
無事であるように

2番サビです。

1番のサビ同様、悲観的なことを信じないという主人公。

タイトルでもある「アンビリーバーズ」という言葉が出てきます。
「アンビリーバーズ」は決して、『不信心者』ということではなく何物も信じるものがないという意味ではありません。

自分が信じたものがあれば信仰をしなくても、人生の困難を何度でも乗り越えて生きていける。
そういう困難をひっくり返す『不屈の闘志』という強い意気込みではないでしょうか?

そうかそれが光ならば
そんなものいらないよ 僕は
こうしてちゃんと生きてるから
心配要らないよ
帰る場所もなく 僕らは
ずっと向こうまで逃げるんだ
どんな場所に辿り着こうと
ゲラゲラ笑ってやろうぜ

光とは信仰のこと。

自分自身の心をまっすぐに信じる力は何者にも代え難く、
どんな場所にいようとどんな状況であっても生きていける。

アンビリーバーズ(不信心者)について歌っている部分です。
否定することも肯定に繋がっている、そういうメッセージのように思いました。

米津玄師「アンビリーバーズ」歌詞の意味を考察!MVのオオカミの正体は??まとめ

いかがだったでしょうか??

今回は米津玄師さんの「アンビリーバーズ」の歌詞の意味やMVのオオカミについてお伝えしていきました。

世の中の常識は必ずしも正解ではない、人によっては否定にも肯定にもなる。

どんなに絶望的な未来や悲しい結末が待っていようとも、
それを受け入れるよりも希望を持って前に突き進んでいく大事さというのを伝えてくれる曲だと思いました。

 

 




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