米津玄師「でしょましょ」歌詞の意味を考察!「馬と鹿」とは表裏一体?




米津玄師さんの楽曲や歌詞は聴く人によって捉え方が違って感じることが多いと思います。

「でしょましょ」はタイトルからは女性の楽しげな様子なようにも感じますが、
聞いてみるとどこか切なくも懐かしさを感じるようにも感じました。

米津玄師さんは「でしょましょ」をどういった心境で作詞作曲したのでしょうか?

今回はそんな「でしょましょ」の歌詞の意味の考察と楽曲についてお伝えしていきたいと思います。

米津玄師「でしょましょ」ってどんな曲??「馬と鹿」との関係は?

「でしょましょ」は2019年9月11日に発売された米津玄師さんのメジャー10枚目のシングル「馬と鹿」の3曲目のカップリングとして収録されています。

このシングルに収録されている「でしょましょ」以外はドラマ・アニメの主題歌としてタイアップされています。

「馬と鹿」は2019年はラグビーW杯で日本国内を盛り上げてくれた立役者でもあるドラマ「ノーサイドゲーム」の主題歌にもタイアップされました。

「海の幽霊」は米津玄師さんが子供の頃から大好きだった「海獣の子供」のアニメ映画の主題歌としてタイアップされました。

そして「でしょましょ」はというと特にタイアップはされていないものの、
「馬と鹿」と表裏一体の楽曲であるとインタビューでコメントしています。

「何かに向かって頑張っていく」「仲間との絆」などポジティブな「馬と鹿」に対し、
「でしょましょ」は現代における狂気や異常性に着目して作られた楽曲だそうです。

曲調としては少し気だるく昭和のようなどこか懐かしい雰囲気もかあると思いましたが、
狂気や異常性に着目したというインタビューを見た後に聞くと視点が変わりました。

様々な年齢層の笑い声や話し声、雄叫びや赤ちゃんの鳴き声、に狂気を感じ、
人間の嫌な側面のようにドロドロとした薄気味悪さがあるように最初の印象とは違って聞こえます。

「とんでもない時代に突入した」と米津玄師さんは語り、
「でしょましょ」の主題は歌詞の中にある「異常な世界で凡に生きるのはとても難しい」といったものだそうです。

「馬と鹿」と「でしょましょ」は光と陰であり、
誰にでもある人間の内側の部分のを表現しているように思います。

米津玄師「でしょましょ」歌詞の意味は??狂気の時代におけるアンチテーゼ

それではどこか機械的になってきて世の中の事件に対して関心が薄れていく現代人の生産性の価値観に抗うことをテーマにしている「でしょましょ」の歌詞の意味を考察していきたいと思います。

如何でしょ あたしのダンスダンスダンス
ねえどうでしょ? それなりでしょ?
一人きり 見よう見まねで憶えたよ 凄いでしょ?

タイトルにも含まれる『でしょ』という言葉は、『確認』『同意』『疑問』といった意味で用いられていて、意見を押しつけるようなニュアンスもあります。

『ダンス』はストレートに捉えると『踊りがすごいでしょ?』になりますが、
この部分を『人生・生き方』という風に捉えることもできます。

とにかく見て欲しい、褒めて欲しいという承認欲求がすごいのがわかります。
SNSで「いいね」を欲しくて投稿している人たちに対しての皮肉のようにも感じます。

また「見よう見まね」という歌詞からは自分の芯がなく、
流されやすい性格かもしれません。

異常な世界で凡に生きるのがとても難しい
令月にして風和らぎ まあまあ踊りましょ
るるらったったったった

「凡」という言葉は「平凡」と「非凡」の二つに別れます。

自分視点からみた世界は正常だと思っていても、周りから見てみるとその世界は異常なのかもしれません。

それはどちらが正しく間違っているかなんてわからない。ということ

今では当たり前に普及しているSNS。
姿が見えない非現実な世界の中で自分の欲求を満たす世界を「異常な世界」だと表現しています。
自分が普通のことと思っていても非難中傷されたり、また逆も然り。

被害者と加害者にも容易になりうる時代なのです。

令和の語源ともされる万葉集の「初春の令月にして、気淑く風和らぎ、梅は鏡前の粉を披き、蘭は珮後の香を薫らすという言葉から引用していると思うので、令和の時代になって事件や事故、ネットの騒動などについての異常性を伝えているのだと思います。

獣道 ボロ車でゴーゴーゴー ねえどうしよ? ここどこでしょ?
ハンドルを手放してもういっちょ アクセルを踏み込もう

獣道とは動物が通った後にできた山の中の道無き道のことです。
その獣道をボロ車でハンドルを手放しアクセルを踏み込むというのはで飛ばすという行為は自殺行為に等しく狂気を感じます。

「どうしよ?」「ここどこでしょ?」と自分の今、どのような状況にいるのかわからず不安を覚えいながらも、狂った時代に生きていることに気づいていないのです。

真っ当な判断力を持たず、夢や希望も持たず生きている投げやりな人生を送っている現代人へ向けた皮肉とも捉えられます。

非常にやるせないことばかりで全部嫌になっちゃうな
今日はいい日だ死んじゃう前に なあなあで行きましょ
るるらったった

1番サビに出てきた「異常な世界」に対し、世の中の悪いことばかりに目を向けてしまい全てのことが嫌になっています。

遣る瀬無い世の中だけれどもそのまま死んでしまっては惨めだ。
一つの考えに固執してはいけない、自分の価値観を他人を責めるな。

全てを受け止めていると自分が壊れてしまう。
そんな風にならないように適度に折り合いをつけてやっていこう。

「でしょ」と他人に流されながら狂気の世界に知らず知らず引き込まれてしまう現代。

狂気の世界に流されないように、生きていること自体が素晴らしいことなんだと。

米津玄師さんのこの時代への向き合い方が歌われているような印象です。

米津玄師「でしょましょ」歌詞の意味を考察!「馬と鹿」とは表裏一体?まとめ

いかがだったでしょうか??

米津玄師さんの「でしょましょ」の歌詞の意味の考察と「馬と鹿」との関係についてお伝えしていきました。

最後の「るるらったったったった」という軽やかなステップやふわふわとしたイメージさせる言葉で「でしょましょ」は締めくくられました。

米津玄師さんはこの曲に関連して「正義心だとか義憤っていうものの皮を被って自らの後ろ暗い欲求を正当化しようとする大きな流れを見た時に、俺はこれに加担したくないと思った」とコメントしています。

そんな異常な時代に流されないでそこそこに生きていきましょう。
不気味さと物憂げさを感じさせる楽曲でした。

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